文化財としての富士見丘教会 - 日本キリスト教団 富士見丘教会 

日本キリスト教団 富士見丘教会


『主を喜び祝うことは、私たちの力の源』
ネヘミヤ記 8章10節
‐2017年度 富士見丘教会 教会標語

文化財としての富士見丘教会

 富士見丘教会は、2003年に国登録有形文化財に登録されました。富士見丘教会につらなる者として大変名誉に思うとともに、教会の創設より現在に至るま での信仰の諸先輩を覚え、この地での更なる伝道の継承に励みたいと思います。世田谷区内では3件目となる登録で、この度、『せたがやの文化財』016-- 平成16年3月30日発行--にもその概要が掲載されました。


教会外観


礼拝堂


礼拝堂―特徴的な天井の木組み


文化庁登録プレート


礼拝堂正面入口―世田谷区による解説の看板があります。


登録文書

国登録文化財 富士見丘教会

所在地 世田谷区代沢2―32―2

所有者 (宗)日本基督教団 富士見丘教会

登録年月日 平成15年9月19日

登録番号 13―0162

登録基準 登録有形文化財登録基準の2

「造形の規範となっているもの」

構造及形式 木造2階建、鋼板葺、建築面積262平方メートル

建築年代  昭和11年


 富士見丘教会 は、日本組合基督教会に属する教会として昭和11年(1936)に献堂され、昭和12年11月12日に認可、正式に設立された。当初の教会員は、神田淡路 町で礼拝を守っていた信愛教会の有志十数名、及び番町教会の有志十数名が中心であり、そのころ大阪から上京して伝道を開始していた山本忠美牧師の下で合流 して教会新設を計画し、昭和10年9月、現在地に会堂建設することを決定した。当時、周辺は住宅地として開発途上にあり、富士山もよく眺望できた。敷地選 定にあたっては、下北沢という地の利と将来性が評価されたこと、教会員の郊外居住化に伴い、その利便性を考慮したと考えられる。

 建築計画は教会員の加藤俊一氏が行い、昭和11年10月14日に完成した。建設費用は教会員の負担のほかに、事業活動等でまかなわれた。山本牧師は教会 に程近い現代田六丁目の教会員宅の隣に居住したが、この教会員の住居も現存しており、奇しくも平成12年には国登録文化財となっている。

 教会堂の外壁は当初はクリーム色で塗装され、屋根については下屋部分(側廊)が天然スレート葺きで、本堂の屋根は瓦棒葺きであった。昭和28年には、二 代目東方信吉牧師の手によって、愛児園が開設され、この幼稚園舎として使用するため玄関脇にトイレ部分を増築し、またその後、老朽化のため幾度か修理され ているが、平成14年の改修の際には間取りを一部復元した。木造2階建、切妻造で、棟の主体部南西に塔屋を付属する。

 現在外壁は創建時に合わせてモルタルにクリーム色の吹き付け塗装を施し、屋根はカラー鋼板(緑青色)で葺いている。礼拝堂は中央を広く取り、東奥に聖壇 を構え、両端に尖塔アーチ形のステンドグラス窓を配する。前室二階は聖歌隊席であった。 全体にプロテスタント教会らしく質素平明な意匠であるが、外部のバラ窓風レーフや、城郭を想起させる塔の鋸壁、内部のトラス小屋など、要所を飾っている。 特に堂内に約三メートル間隔で入る五つのトラス小屋技法は、明治から大正時代にかけて多くの建築物に採用されてきたハンマービーム架構に平行弦トラスを組 み合わせたもので、わが国の洋小屋技法の研究上貴重である。

平成16年1月 世田谷区教育委員会